Vol.09×John

ルリチのホームページリニューアル後第1弾!通算vol.9の対談は日本では宇多田ヒカルやダブル、アメリカではプリンスのドラムとして有名なジョン・ブラックウエルです!ツアーで全世界を飛び回っているジョンの貴重な時間を割いて武井がジョンと素顔のトークを繰り広げます。

写真:ジョン・ブラックウエル氏と武井氏
武井:
今日は対談のためにツアーの最中有難うございます。さっそくジョンのドラマーとしての原点から話を始めさせていただきますね。
ジョン:
(日本語で)ヨロシクオネガイシマス(笑)
武井:
小さいころからドラムをやっていると言うことですが、始めるきっかけはどのようなことでしたか?
ジョン:
父や祖父、叔父などとにかく一家全員がドラムをやっていたんだ。だから自分がドラムを始めることはとても自然な成り行きだった。大きくなってからは何が何でも成功してやる!という気持ちで無我夢中だった。そして今は日本や海外のアーティストと一緒に仕事が出来ることがとても嬉しい。アメリカの中だけで終わるのではなく世界を舞台に働けるということに誇りを持っているんだ。海外から仕事のオファーが来ることはとても有難いことだと思うよ。
武井:
ジョンは今ではとてもメジャーな存在だけどスターになる転機のようなものはあったんですか?何かタイミングや人との出会いなどそういうもこの業界では重要だと思うんですが、たとえばプリンスとの出会いはどういうことが切欠になったんでしょうか。
ジョン:
これと言ったものは無いんだ。一つ一つの積み重ねが繋がって行って今のボクを形作っているんだよ。プリンスとの出会いについてはボクがボストンにあるバークリー音楽院に居たころ、アトランタでゴスペルデュオのオーディションがあってそれを受けに行こうと先生に相談したんだ。先生は彼(プリンス)達をそのオーディションに呼んでボクを見てくれるように取り計らってくれた。オーディションが終わったとき先生は「カッコよかったよ。もしかしたら(キミと)契約するかもしれないよ」と言ってくれたことが印象に残ってるかな。
ジョン:
その後いろいろなバンドのドラムとして仕事をしているとき、たまたま忙しくない時期にプリンスから仕事のオファーが来たんだ。だけど最初に会ったときから時間も経ってたし考えさせてほしかったから「ちょっと待て」とか言っちゃったんだ。当然プリンスと仕事をしたいやつなんて掃いて捨てるほど居る訳だからその後はぱったりだったよ(笑)
それから少しして2000年に宇多田ヒカルの全国ツアーで日本に来ていたとき、またプリンスから連絡があってこれがきっかけになってようやくプリンスと一緒に仕事をすることになったと言うわけさ。
写真:ジョン・ブラックウエル氏
武井:
あのプリンスの誘いを袖にすることもすごいけどその後また誘いを受けるなんてすごいですね。やっぱりプリンスとの出会いはとても大きかったんですか?
ジョン:
そうだね。やっぱりプリンスは大好きだったし、ミュージシャンじゃなくても彼は天才だと思っていたからね。子供から見ると彼はミステリアスで怖いけどボクはとりあえずその世界感に憧れてそこに入っていきたかったんだ。一緒に仕事をすることになったとき夢がかなったとよ。
8歳の頃ドラムの真似をして遊んでいたとき周りの皆からに「お前は将来プリンスかマイケルのドラマーになれるとしたらどっちを選ぶ?」とか言われたとき迷わず「プリンス」って答えた18年後の26歳になってプリンスのドラマーになれたんだ。
武井:
マイケルとプリンスどっちって言われたときなんでプリンスを選んだんですか?
ジョン:
アルバムはどっちも全部持っていたんだけど、ボクは癖でいつもレコードのクレジットをよく見るんだ。マイケルのアルバムのクレジットにはいつも「ジャクソンファイブ」ってあるんだけどプリンスのアルバムには「プリンス」って書いてあるんだ。マイケルは出来ないわけじゃないけど作品を作るとき、基礎となる部分は作るんだけど人を使って作品を完成させる。プリンスは最初から最後まで自分の手で作品を作り上げる。そういう作品へのこだわりの違いでプリンスが好きになったんだ。
だからプリンスと曲を作るときにボクは簡単なドラムビートをちょっと演奏して見せるだけ、それで次の日にはそのリズムに完璧な曲がついていた。それが「レインボー・チルドレン」だった。ボクのアイデアと言うよりもサウンドチェック的にやったリズムを完全に自分のものにして次の日にはすべて曲が出来てマスタリングさえも終わっていたのさ(笑)
武井:
それはすごいですね(笑)
ジョン:
あの曲はだまされたよ(笑)でもあんまりいい曲じゃないね
武井、ジョン:
爆笑
武井:
でも8歳で既に将来を決めるってすごいですよね。私も親戚が海外に居るから彼らの考え方は日本とはかけ離れてるってよく思うけど。
ジョン:
ボクは何も決めてないよ。周りの人間が勝手に「お前はすごいドラマーになる」とか言ってただけだけどね(笑)もちろんそう言ってくれる事は嬉しいけど実際にそうなるとはそのときは考えもしなかったよ。だって自分が有名になる頃にはプリンスなんか引退してると思ってたからね(笑)
武井:
実は私も16~18歳くらいのときまではいとこ同士でバンドをやっていたんですよ。当時はバンドブームでビートルズやそのほかもいろんな曲をやっていたんです。最近日本でそういうことをしようとするとすごく規制が厳しかったりするのに比べて、アメリカではうるさい位にやってたりしますよね。そのあたりをジョンはどう思いますか?
ジョン:
日本にもよく来てるけどボクはあまり規制が厳しいとかは感じないね。それはとても幸せなことだけどみんな自由に楽しくやっている様に感じるよ。
武井:
私もいろんなミュージシャンのライブは見に行ったりしてますがジョンほど前に出てくるような迫力のあるドラムは初めてでしたよ。やっぱり3歳からの経験はすごいなと。
ジョン:
(日本語で)アリガトウゴザイマス
写真:ジョン・ブラックウエル氏と武井氏
武井:
RYUさんに紹介されて初めて見たときにすごい迫力でど肝を抜かれました。
ジョン:
世界でドラムをやっている人間は星の数ほどいます。ボクの今のポジションは誰でもなれる、ボクより上手い人だって山のように居る。前はよくそういう人に比べて自分は何が良いんだろう?って思っていたけど最近はそう思わないんだ。自分は自分ってことだね。カッコいいって人が左へ行けば自分は右にって感じで自分と言うものを確立することが大事だと気付いたんだ。
武井:
さて、話は尽きませんがどうやら時間が来てしまったようです。今回はタイトなスケジュールの中、対談の時間を空けていただき有難うございました
ジョン:
オツカレサマデシタ

写真:ジョン・ブラックウエル氏

  • John Blackwell

  • 1973年生まれ。
  • 祖父、父、叔父ともドラマーと言うドラマー一家に生まれ、ドラムを始めたのは3歳から。日本では宇多田ヒカルやダブル、アメリカではプリンスやキャメオなどとも仕事をしたドラムの天才。今回の来日ではダブルの全国ツアーに参加。今後ますます活躍が期待される